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ニーチェ ツァラトゥストラの謎

2008.11.9

出版社:中公新書 著者:村井則夫

発行:2008年3月

投稿日:2008.11.9

 

ひと月ほど前、熱中して読んだのがリュディガー・ザフランスキーの哲学的評伝「ニーチェ」の英訳本。没後百年を記念して書かれた本らしいが、学術研究でもなく、解説書でもない。評伝といっても、まわりくどい事実関係やらわずらわしい固有名詞は一切なし。のっけからニーチェ哲学のふところへ飛び込み、知的にぐいぐい引っ張ってゆく。
そんなわけでニーチェがマイ・ブームになり、以前、挫折していた「ツァラトゥストラはこう語った」を読んでいるところへ、タイミングよく本書が出た。一気読み。新書判だが、安直な新書とは一味もふた味も違う、渾身の一作。ニーチェを読み込み、深く広い学識に裏打ちされた知性で、謎に満ちた「ツァラトゥストラ」に肉迫していくさまは、壮観。だから、相当なニーチェ読みでないと、終わりまでついていけないかもしれない。
二部構成で、1部は「ニーチェのスタイル」。2部が「ツァラトゥストラ」の解読。1部だけでも本書は十分読み応えがある。ニーチェの革新性は、あらゆる超越的な形而上学(神や真理)を否定しながら、それだけにとどまらず、どういう思想が可能かを追求したところにある。たとえば彼の「反時代性」とは、「絶対的な真理を解体しながらも、同時に現代と過去の隙間から響き出すわずかな共鳴に耳を澄まし、その和音の一つ一つの成分によって過去と現在の位置を測定していく技法」であるという。これなどとてもアクチュアルで、批評行為とはまさにそういうことだといえる。
言説を外へ開いていこうとするニーチェのスタイルは、ぼくらの社会自体が引きこもっているいま、もっとも必要とされる方法なのではないだろうか。ニーチェは「内部の領域に閉じ籠ることのない『外部の思考』(フーコー)を遂行し、複数の声部を同時に響かせる『多声音楽(ポリフォニー)』(バフチーン)を実現している」。その開かれ方は、くそまじめとは反対で、「ツァラトゥストラはこう語った」と連呼することで、「ツァラトゥストラはこう騙った」と自分を批判し、笑う可能性を含んでいる。
こんな本を読むと、またニーチェを読みたくなる。勉強などではなく、真理なき世界をどう生きるかの切実な手引として。
(初出:西日本新聞 朝刊  2008年07月13日)

評者:九州大谷短大教授・西日本新聞社書評委員 梁木靖弘

引用:表紙は中央公論新社サイトから引用

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