出版社:講談社 著者:豊田正義
発行:2008年6月
青春歌謡全盛の昭和四十年代前半、テレビの歌番組では「御三家」と呼ばれる若い男性歌手が大活躍していた。いまでいうアイドル歌手たちである。当時、高校生だった私もまた、御三家が歌う青春歌謡のファンだった。
ある日、テレビの歌番組を見ていると、前座に登場した若い男性歌手が場違いな歌を歌い出した。土木作業員である母親の姿を歌った「ヨイトマケの歌」である。社会の不条理や権威など一切認めないぞとでも言わんばかりに見据えた鋭い目、細身の身体に似合わない力強い歌声、一瞬男性か女性か分からない風貌、その存在感に私は圧倒された。
次に彼を見たのは、最近のテレビ番組だった。肩まで伸びた長髪は真っ黄色で、女装した彼は霊能者になっていた。そして相談者に振る舞う姿は、まぎれもなく権威そのものだった。
私は、二人の「美輪明宏」に出会ったような気分だった。この間(約四十年)に、美輪の身の上にいったいに何が起きたのか、それを知りたいと思った。
そうした私の好奇心にも応えているのが、本書である。
美輪の生い立ち、同性愛への目覚め、音楽への憧れから上京、音楽学校入学とゲイ喫茶でのアルバイト、継母との軋轢・父との絶縁、経済的困窮による社会の底辺のような生活、シャンソン歌手としての出発「銀巴里」、シスターボーイとしてレコード歌手デビュー、ヒット曲に恵まれない失意の時期、「ヨイトマケの歌」のヒットで復活、恋人との死別……。
詳細な美輪の歩みが綴られるなか、各界の著名人たちとの交流の数々には目を見張るものがある。三島由紀夫との親交、若き映画スター・赤木圭一郎との「愛」、劇作家の寺山修司や映画俳優・田宮二郎たちとの出会い等々。
他方、美輪は占い師や霊能者たちとの交わりを強めていく中で、「霊」に目覚める。その一人にスピリチュアル・ブームの火付け役でもある江原啓之がいる。いま美輪は、江原と霊に関するテレビ番組を持っている。
本書は、美輪のサクセス・ストーリーと彼の精神面の変化を重層的に描いている。その意味では、人間・美輪明宏を丸裸にした書とも言える。しかし私は、読了後、ヨイトマケの歌を歌っていた頃の美輪明宏にもう一度会ってみたいと思った。
(初出: 西日本新聞 朝刊 2008年7月06日)
評者:ノンフィクション作家 西日本新聞社書評委員 立石泰則
引用:表紙は講談社BOOK倶楽部サイトから引用