出版社:イースト・プレス 著者:奈倉有里
発行:2021年10月
歴史の転換期にはいくつもの名前がある。崩壊。紛争。独立。統合。現代の日本で暮らしている限りは馴染みのない言葉だが、今も世界中のどこかで起こっている。今年は「ロシア」と聞くと、このような単語を思い出し、暗澹たる気持ちになる事が多かった。
サブタイトルに「ロシア」と冠しているが、本書はそれと異なる気持ちを抱かせる。装丁も美しい本書は、著者がロシアに留学していた頃の出来事を綴っている。その語り口は平易であるが、なんとも言えない温かみがあり、遠い国というイメージが強い、ロシアで暮らす人々や 空気までもが何故だか近しく感じられる。ロシア語という語学をはじめ、詩や文学の知識が身体の細胞を構成する要素となったかのように体得した著者だからこそ表現できる世界が拡がる。不穏な状況に変化していくロシア国内において、次第に大学内にも貧富や宗教による分断が忍びよってきたが、著者はその様子を糾弾する訳でもなく、絶妙な温度感で的確に描写する。最近流行りの「タイムパフォーマンス=タムパ」とは全く異なる時間の流れを持つ本書に静かに向き合い、饒舌な言葉を持つ本の世界と対峙してほしい。
BIZCOLI 近藤孝子
表紙はイースト・プレス サイトから引用