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悲劇の豪商・伊藤小左衛門

2009.12.27

 

出版社:石風社 著者:武野要子

発行:1999年11月

海を渡るロマンは古代から九州人の遺伝子に組み込まれている。特に北部九州に住む人間にとって島伝いに目指せばそこは大陸。交易によって栄えた中世の歴史は、今なお私たちの心を揺さぶる。
近世において黒田藩の豪商の一人に上り詰めた伊藤小左衛門は実在の人物であり、近松門左衛門の「博多小女郎枕」のモデルともなった。筑前は木屋瀬宿に生まれ、類い希なる商才で「巨万の富」を築くだけでなく、最期は密貿易の罪により処刑された。
「悲劇の豪商」。著者が切り取る史実は確かに興味深い。その罪状といえば、幕府の鎖国令に反した朝鮮との密貿易だったが、実情は黒田藩の裏ビジネスを支えていた可能性も捨てきれない。幕藩体制の確立に伴い、江戸へ忠誠を誓う証として「生け贄」にされたのだろうか。
経済小説のように想像を逞しくするなら、「中央の規制」がまとわりつき、何かと「地方の活力」を奪う現代の構図を重ね合わせることもできる。
しかし、学者である著者の視点は史実を淡々と追いながらも、常に小左衛門の人間性に迫ろうとする。歴史書なのに実際は小説を超える「仕掛け」が施され、読み手に食らいつく意志と理解力がありさえすれば、一気に中世の破天荒ワールドに分け入るのだ。
密貿易という明らかな「犯罪」だとしても商人である限り、一両でも多くの財をつかもうとする猛烈なエネルギーにこそ著者は惹かれたのではないか。何事においてもできない理由を法律や前例、ましてや他人のせいにする「逃げ腰」を軽蔑しているとも思える。
「陸から眺めていては何も変わらない。海から九州を見る視座を持てば自ずと進む道は決まる」。著者が講演などでよく話す内容だが、現状に縮こまる惰性を排する迫力に満ちていよう。一体、あの小柄な姿からどうしてこんな激情がほとばしるのか。ロマンあふれる「最後の博多商人」に宛てた素敵なお婆ちゃんのラブレターでもある。

評者:福岡市長 吉田宏

引用:表紙は石風社サイトから引用

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