出版社:日本経済新聞社 著者:山下一仁
発行:2010年3月
山下氏は、農林水産省出身。本書は、著者30年の役人生活、5年の研究者生活、また8冊の著書の集大成である。「農協の大罪」(2009)、「亡国農政の終焉」(2010)など勇気ある大胆な農政への提言をされてきた。WTOの農業交渉に長く携わり、農業を経済的に研究分析してきた著者の見識、提言は、TPPを巡り国論が二分され、農業改革に国民的関心が高まっている現在、きわめて貴重である。
著者は、農業の本丸である米について、「減反を段階的に廃止し、米価を下げれば、コストの高い兼業農家は、農地を貸し出すようになる。そこで、一定規模の主業農家に直接支払いを交付すれば、土地は集約され、規模は拡大し、コストは下がる。」と、実に2000年以来、主張してきたという。主張がぶれないのは、二つの軸が通っているからだと思う。
それは、第一に、WTOの目指す方向に沿ったものであること。
これまで、各国が採用してきた高関税による価格維持政策は、貿易歪曲的であるため、WTO加盟国は、農業者の経営安定のための直接支払いに移行してきた。しかし、日本は、それに逆行した方針により、米の高関税(778%)を設け、減反を維持するが、77万トンというミニマムアクセス(MA)を代償として受け入れることになった。これは、大きな戦略的ミスだという。
今後、ドーハラウンド議長案に沿って、関税を7割削減すれば、MAは不要となる。輸入米と国内価格との差が縮まっており、一定規模以上の農業者のコストでみれば、米の輸出も有望と述べる。実際に、商社の輸出事業がスタートしているし、JA自身も米の輸出に乗り出すと報じられている。
第二に、農政の目標を農家保護ではなく、主業農家への集約化による農業強化に置くという視点で貫かれていることである。
価格維持(高関税、減反)を段階的に撤廃するとともに、個別所得補償については、一定規模の主業農家に限定し、主業農家に土地を集約すべき。また、農地と都市地域のゾーニングを強化し、一方で、法人の農業への参入自由化を主張する。
地域の現状から、農業関係者に以上のような主張が理解されるのか、難しいところであるが、国内外の置かれた条件を整理して考えれば、著者の主張は、説得的である。悩める若い農業経営者にこそ読んでもらいたい本である。
評者:九州経済産業局長 滝本徹
引用:表紙は日本経済新聞出版サイトから引用